蜂の存在をスピリチュアルな視点で意味づけしてみる。解釈したメッセージを実生活に活かす方法

花畑の蜂 Spiritual

不思議なことがあったら、いい感じに解釈して、実生活に活かしたい。

と私はふだん思っているのですが、先日早朝に神社参拝をしたときに、不思議な出来事があったので自分なりに解釈してシェアしたいと思います。

蜂と何度も遭遇した私の体験談

朝の神社って、参拝を抜きにしても、ほんとに素敵な空間です。静かだし、自然もあるし、特に私の近所の神社にはかなりの大木があるので、大木ギークな自分としては、色々な意味で気持ちを清らかにできる場所でもあります。

で、先日いつものカフェに行く前、早朝に神社へ足を運びました。

参拝して、ちょっと拝殿近くでぼーっとしていると、蜂(たぶんクマバチ)二匹が飛んできて、数分間私の上を飛び回っていました。春ですから虫たちも喜んでいるように見えました。

おー春だな、ぐらいに特に意識せず思っていました。

で、帰り鳥居をくぐるときにお辞儀をした際、また蜂(またたぶんクマバチ)が飛んでいました。頭のうえをぐるぐる回っています。特に近づいてくる気配もないので、これまた特に気にせず、自転車に乗って、カフェに向かおうとすると、蜂がついてきます。ややビビりながら、しばらく進んで、まだ一緒についてくる蜂を見た時に「あ、これはもしかして何かのサインとかメッセージとかってやつかな」とふと思いました。

そして、そう思った瞬間、、蜂はサっと去っていきました。
おー!

そして、そのあとカフェでコーヒー飲んでいた最中、この一連の出来事で蜂への関心度が高くなっていたので、生物学的なこととかスピリチュアルな意味とか色々調べて、おもしろいなーって思っていました。これ、記事にしようかなーとやんわり考えつつ。

で、店を出たとき、、、、やっぱりそこにはまた蜂がいるではありませんか。私の自転車の近くに。

もう書くしかいない、と感じてこの出来事をシェアすることにしました。

自然が多いエリアだとこの頻度で蜂に出会うことって普通なのかもしれませんが、私が住んでいるところはまぁまぁ都会です。なので、公園や神社でも大きい虫とかはまず見ない環境なのです。だからこそ、こんな短時間にこんな蜂を見かけることなんてまずないです、普段は。(ただの異常発生かもですが)

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サインやメッセージはたまに調べるぐらいがちょうどいい

ネットで調べていると、もう山ほど出てきますね。この世界のもうどんなことからもスピリチュアルな意味をとれるのか、、、ってぐらいすごい量の情報に出会うわけです。

ただすべてのことにスピリチュアルなサインやメッセージを読み取ろうとすることには少し無理があるように個人的には思います。たとえば、蚊にさされたらその意味を調べて、お腹痛くなったらまたその意味を調べて、歩いててつまづいたらまたその意味を調べて、、、って、そんなことやり始めるとキリないし、そんなすべてのことに意味なんてないからー!!って、ネットサーフィンをしながらWEBサイトにツッコミをいれていました。

あまり日常的な出来事を深読みしすぎたり、なんでもかんでも「この意味はなんだろう」「スピリチュアルなサインなのかしら」って考えるよりは、起きたことはただ起きたこととして、スルーしていくのがいい。意味なんてない。基本スタンスとしてスルーする中で、今回の蜂の出来事のようにちょっと異質な現象、妙に気になることがあったときに調べてみる、それぐらいが楽しいし、私の中での許容範囲だと思っています。

スピリチュアル観点からの蜂がもつメッセージ

では私なりに解釈したスピリチュアル的な意味がどんなものかというと。

まずはじめに、神社にいるときに見たということから、スピリチュアル界隈でいわれるであろう第一の解釈が「神社の神様に歓迎されている」ということです。こう捉えると、単純に嬉しいですよね。

(神社・神様の歓迎サインに関すること書いています→実体験!神様からの歓迎サイン9つ & 神社参拝前後の現象を一挙公開します

あと、神社ですごい良い気分を味わっているときに、蜂がきたことを考えると、蜂のネガティブなスピリチュアルメッセージと言われている「危険なことがあるよ」だとは考えにくいわけです。

ちょっと想像してみてください、蜂にスピリチュアルな意味があると仮定して、人間が幸せに感じているときを狙って、神様が使いである蜂に「あいつにちょっと警告してこい!」ってそのタイミングであえて命令するとは思えない、と私は思います。

そしてもし危険サインなら私はそれを受け取ってなんとなく心がざわつくか、不安な気持ちになったりしそうです。でも、今回はそういうザワザワ感は無かった、といえます。

もう一つ考えられる警告サインとしては、「注意深くありなさい」という意味もあるということをネット上で散見しました。で、私が注目したいのは、この意味の真偽を問うことは重要じゃないということを前提にして、この警告サインと言われているスピリチュアルなメッセージを『警告』と捉えるよりは、自分に対して、物事に対して、仕事に対して、真摯に向き合えているか、という自分の足元を確認する時期だと思えばいいのではないかと。

つまり、ルーティンが続く日常を送っていると、気が緩むし、仕事も慣れると惰性でやりがちです。そういうのってミスが起きたときに、はじめて気づきます。「そういえば、最近気が緩んでたな」みたいな感じで。だいたい小さなミスが実際に起きたときに、気づきますよね。でもそうなる前に、ちょっと気を引き締めようと『意識するだけ』で、防げるミスはかなり多いと思います。

そういう意味で、蜂に出会ったときの「注意深くあれ」といわれているメッセージを「最近気がゆるんでるかもよ、雑に対処しないで、細部をきちんと意識したほうがいいんじゃない?」という感じで捉えたらこれは冷静な気づきになるだろうし、スピリチュアル云々抜きにして、物事に対する処理が雑になっていないかを振り返る、内省の良い機会だと思います。

で、いま言った「物事に対する処理が雑になっていないか」という視点で考えていくと「感謝の気持ちに注意を払う」ということとも繋がってきます。というのも、気が緩んでいるときには、周りの出来事や自分の状況に対する察知力や観察力が弱くなっている可能性がかなり高いといえるからです。

相手の存在をないがしろにしている時というのは往々にして感謝の気持ちを忘れています。そういう時には今一度、自分がいまここに存在しているということ、そして環境や周りの人に感謝の気持ちをもつようにしたいです。

「感謝できることが良いことが最近ない!」って思ったらそれはそれで今が意識の持ちようを変えるタイミングなのだと思います。感謝できるようなことを主体的にしていくようにする、あるいは感謝できる点を積極的に探していくようにすべき時期だと捉えることができます。

普段自分でなんでも済ませてしまう人はあえてちょっと人に頼ってみたり、特別なことじゃなくても何かあったらありがとうと言ってみたり、一日一回絶対人を褒めてみたり、てな感じで、方法は人ぞれぞれやりやすい方法が色々あるかと思います。

結局のところ大事なのは、感謝できることがない今の自分の状況・環境が問題なのではなくて、感謝できることを「日々の生活から」発見できていないという心の感度の低下が問題なのではないか、という点です。

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象徴的な意味を読み取る

私はデザインの仕事でロゴ制作をよくしていたので、会社のコンセプトや思いを象徴できるようなマークを、図像学の観点から考えて取り入れることがありました。記号・図像の哲学的思想は歴史も長く、大変興味深いです。

話は少し飛びますが、、、旧約聖書の中には、約束の地として知られるカナンの描写に、「乳と蜜の流れる場所」と言う記述があります。コーランの中にも度々登場するシドルは神聖な木とされていますが、この木から採取できるのはハチミツです。そのことから特に西洋ではハチミツ・蜂は幸運の象徴でもあります。なんかそうなってくると、スピリチュアルな読み解きをするのも、西洋の情報を頼ったほうがいいような気がしてきて。

ということで英語のほうで情報を探してみました。
(私が蜂をみたのはThe JAPANESEな神社で、なのですけどね。)

参考にした海外の記事:Bee Meaning and Symbolism(英語)

この記事によると、蜂を見たとき自分に問いかけるべき質問として次のようなものが挙げられています。(意訳ですのでその点ご容赦ください)

スピリットアニマルである蜂と出会う意味

1.  最近(心身ともに)乱れていたり、散漫になっていないか?

→ミツバチの社会が見事な秩序を持っていることからこのように解釈します。身辺が乱れていると、マインドも混乱します。シンプルかつ秩序をもって、自分のフォーカスすべきことに意識を向けていく必要があります。自分のセンターにもう一度つながるように意識しましょう。

2. 自分の夢やプロジェクトに対して決めかねていることがないか?

→夢や新しいプロジェクトに取り組むこと時、時に足踏みしてしまいますが、蜂を見たときは、恐れず飛び込んで、今はそれに時間を費やすべきとのことです。そして、成し遂げるためにはその献身の姿勢が必要な時期です。そして身を捧げたあとには、それに見合う喜びが訪れます。ミツバチが時間をかけて巣を作り、最終的には蜜を手にするように。

3. 無理をしすぎてぐったりしてないか?

→蜜を探し求める、つまり喜びを追い求める蜂のように、人生をもっと楽しむように、というメッセージです。人生の甘く楽しい面を享受しましょう。

4. 自分をきちんと表現しているか?

→人間が言葉を使って情報伝達をするように、ミツバチは複雑なダンスを踊って情報伝達をします。蜜を発見したミツバチが蜜源をダンスを踊って教えます。私たちも、自分にとってなにか必要なことを見つけるためには、自分から伝えたり表現することが大事です。

5. 人と深く関わることを避けてないか?

→蜂は、蜜を発見すると、仲間に呼びかけて適切なミツバチの数がその場所に向かいます。一箇所に多くのミツバチが集まりすぎることがなく、各場所にそれぞれのミツバチが配置されて作業を行う様は、非常に合理的である種のダンスのようだと生物学者たちにも言われています。ミツバチが生きていくためには、共同作業が不可欠で、一つの目的に向かって皆がそれに献身する必要があります。自分のチームに深く関わり、自分の役割を全うすること。つまり、自分が関わるべきプロジェクトや役割に対して、他人事の意識で取り組んではいませんか?という問いかけだと解釈できます。

あれ、蜂一般というよりミツバチの話になっていますが、まぁいいとしましょう。。。でもこういう風に見ていくと色々な角度から自分を見直すきっかけになると思いませんか?

普段の習慣的な思考サイクルはだいたい人それぞれ決まっているので、一歩出て視点を変えて物事を見たり考えたりというのは案外難しいものです。でも上記のような解釈の広げ方して、普段とは違う切り口で自分に問うことで、いつもの自分の思考サイクルの枠から抜け出すことができます。その結果、新しいインスピレーションや、自分にとってはすごい意外だけど実は良いアイデアだな、って思うものが頭に浮かんできたりします。

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蜂つながりで身の回りを見渡してみよう

最後に、私がよくやる超シンプルなアイデアの出し方。

はち、はち、はち、はち、はち、という感じで、自分の生活の中でなかで何か蜂にまつわることがなかったかを思い浮かべ、関連性を探ります。

「そういえば、少し前に砂糖断ちをしてはちみつを使うようにしていたのに、はちみつが切れてから、気がついたらまた砂糖に戻っていたな」とか「はちみつといえば、くまのプーさん、そういえばプーさんと老荘思想が似てるって何かの本に書いてたな、老荘思想の本を読んでみよう」とか、なんでもいいのです。

想像力をつかって遊ぶ感覚でいいと思います。で、こういう一見あほらしく思える遊びが意外ととても大切で、どんどん自由に空想をつなげていって、その結果面白いアイデアが思いついたり、建設的に思考しているときには思いつかないような突飛なアイデアが浮かんだりします。

まとめ

以上、私が最近体験した蜂にまつわる出来事、そしてそこから解釈していった様々なメッセージを紹介しました。

こういう感じで日常に起きたちょっと不思議なスピリチュアルな出来事を、自分の振り返る内省のきっかけとして使うこともできるし、逆に空想力を使って楽しみながら最終的には現実的アイデアに結びつけることもできる、と私は思っています。

あ、不思議なことがあった!で終わらさずに、それをじゃあどうやって自分に反映させるのか、実生活に活かすのか、を考え、実行することで、プラクティカルなスピリチュアルライフになるのではないかと。むしろ、それがなかったら、スピリチュアルに解釈する意味がないともいえます。

空想だけじゃつまらないし、もったいない、って気がします。

では、本日はこのあたりで。

【追記】
スピリチュアルで不思議な実体験ネタを他にも書いています。完全に個人の体験ですので皆さんが信じるも信じないも私としては大して重要ではありません。ただ、出来事としては単純に面白いと思いますのでご興味があればぜひ読んでみてください。
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