旅するように思考を巡ろう。創造性を高めるための直感的手書き日記のススメ

手書き日記 Lifestyle

先日の投稿で、ワクワクを常に選択するためにまずは習慣にしたいことを紹介しました。

参考:ワクワクに従って、100%喜びから生きるために習慣にしたい5つのこと

この記事に書いた「手書き日記」の項目で、思いのままに書き連ねることによって新たな視野や価値観に辿りつくことができることができるとお伝えしたのですが、今回は手書き日記についてもう少し具体的にお話したいと思います。

旅から考える、新しいことや想定外のことにオープンであるという受容態勢

travelling

思いのままに書くと行為というのは、私にとって一人で行く気ままな旅のプロセスととてもよく似ています。なのでまずは少し旅の話を。

まず、私の旅の基本的なスタンスはこんな感じです。なんとなく行きたいところがあって、あえてあまり調べずにとりあえずそこに行ってみる、そして街に着いたら、街を歩いて歩いて歩いて道とか場所は全部現地の人に聞いて、テキトーな道案内に翻弄されたりして、もはや自分がどこにいるかほとんどわからない状態で、その土地の空気やリズムみたいなものを思考じゃなくて全身で感じ取るようにします。

そして、(現地の人を信じてみるということも含めて)直感に素直に従って進んだ先に、思いもよらなかった景色や文化や人に出会ったときに、あーこういうの探してたんだ、となぜかしっくる瞬間があります。しかもそういう素敵な出会いは大体、これといった名所のない、観光者目線でいえば「通過するための場所」の中にあります。

つまり旅の面白さの源泉というのは、未知の方向にダイブすることによって起こる偶然や想定外のことの中に潜んでいるのです。この想定外のことというのは、良いことだけである必要はなく、例えば旅先でスマホを盗まれたり、海外で手術を受けたり歯医者に行った経験なども、旅の独自性を形成する要素の一つです。そしてそれら想定外のことにどれだけオープンでいられるかどうかが旅の深みにつながるのではないかと思っています。(もちろんシリアスな事件に巻き込まれたり、とても治安の悪い地域に行く場合は別問題ではありますが。)

目の前の出来事にオープンでいる、というのは、自分が経験したことを白黒・善悪で一刀両断するのではなく、ただ起きた現象として観察するということです。競争社会に慣れていると、すべての価値観がタテの階級で区切られています。優劣・勝敗・高低の世界です。でもそうではなく、ぜーんぶヨコの平たい世界として、捉えてみます。ヨコの広がりとして現象を見れば、在るのはただ「差異」だけです。そしてそれぞれ違いのある世界を、ひとまず受け入れることです。

反対に、もし何か出来事が起きたときに、それに対してこれはこうだ、だから良い、あるいはあの人たちはああだから間違っている、という風に決めて物事を見てしまうと、世界に向けて開けられていたドアはガシャンと閉じてしまいます。でも世界には色々な国があって文化があって、どれが良い悪いではなく、それ以前にただそれぞれがそれぞれの場所で存在していて、私たちが日本で生きて日本的な考え方をついついしてしまうように、彼らにも彼ら独自の言動や価値観があります。 その違いをまずは100%受け入れるという姿勢でその地に滞在することで、はじめて異文化交流の土台ができるのではないかと思います。

ちなみに海外での旅の場合、言語の違いや治安の問題、限られた日数などの点でガチガチにプランを決めてしまいがちなのですが、個人的には海外でこそプランを決めずに放浪することが私は好きです。そういう旅のほうが、長い目で見たとき、つまり何年後かに振り返ったときに得たものが多いですし、何より、一瞬一瞬何が起こるわからないってほうが冒険らしくて面白いと私は思うからです。(冒険といえば、、、宝地図を手に、宝物を探しに行く旅にいつかは出てみたいものです)

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思いを巡って新たな内面的景色に出会うこと

自由旅のプロセスと同じことが、手書き日記でもいえます。それは、自由気ままに「思いを巡る」ことで「新たな内面的景色」を発見するということです。

まずは「なんとなく思うこと」から書き始めます。思考に余白をもたせて、さまざまな可能性を残したまま進めていくようにします。それは自分の思いや考えに対して常にオープンであり続ける、ということです。

オープンであることの大切について、私は特に日頃から意識しているのですが、たとえば、突飛なことを思いついたとします。そしてそれを書こうとすれば常識人間サイドの自分が「いやいや、それ無理だから」とささやき、そのアイデアを思いついた自分自身を恥ずかしく思ったりもします。あとは、「前例ないし」とか「現実的じゃないし」みたいな感じで、まぁストップをかけようとする保守的な自分はいくらでもでてきます。

でもそんな時、「人間はいつもの自分とは違う言動を怖れるようにできている」ということを思い出すようにしています。そしてそういった常識人間の声に気づいた時点で、その声をひとまずは脇に置いておきます。というのも、新たな内面的景色というのは、自分の常識を超えた考えにオープンであり続けた結果、現在の自分の「先」にある道で発見できるものであり、なおかつ打算的な考えや効率性を考えずにある種の「無駄」を経たあとでこそ見える景色だからです。

ちょっとクドく表現しましたが、一言でいうと、なにかいつもとは違うことや、人と違うことをすれば違う景色に出会える、ということですね。パッケージツアーでは、独自性と深みのある経験をすることが基本的には難しいのと同じように、パターン化された普段の自分の思考から新しい視野に辿り着くのは難しいのです。

なので、日記を書いているときに、いつもと違う考え方や意見が出たときにこそ注目します。いつもと違う意見を、正しい正しくないで判断することなく、違いだけを受け入れ、そして、とにかく自分を批判することなくを素直に書き続けることです。そしてその先に、新しいなにかがあります。

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なぜ手書きがいいのか

今の時代、文字を書くスピードという点では、スマホのアプリを使ったりEvernoteなど便利ツールを使用して書くのが圧倒的に早いです。そして旅をするにしても、極論を言ってしまえば、グーグルマップでストリートビューでどこまででもバーチャルトラベルはできます。私自身この時代ならではのサービスを使って色々試してみることを楽しんでいます。

ただ、楽しいという「fun」の要素だけを繰り返していても、経験したことを昇華し、自分の血肉にすることはできません。楽しんだ先に必ずしも喜びがあるわけでなくて、何かしら自分の奥に響くことがあってこそ、「楽しみ(Fun)」は「喜び(Joy)」になり、より深い自分の感情を総動員することで、経験の深度を高めることができます。経験の深度があってこそ、本当の意味で経験を自分の内面に響き渡らせ、先の人生でその経験と共存していくことができるのではないかと思います。

ではどうすれば、経験や思いを、より深いものにしていけるのか。

そこで、必要になってくるのが、旅にしても、日記にしても、「身体性」をもつということです。

旅でいえば、自分の足で訪れて自分の目で見て自分の耳で聞いて自分の感覚や感性を信じて直接経験をするということ。

そして、日記でいえば、触れることのできる紙の上で、ペンを持って、自分の文字で、実際にインクを出して、思っていることを吐き出すということです。

こう言うと、いまこのブログはスクリーンを通して書かれているので、矛盾するところもあるのですが、私がこういう風に自分の思っていることをアウトプットできるのは、旅や日記や実生活のなかで、自分の五感や身体を実際に使うことを大切にしていることと関係しているように思います。

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書くことで気分を変えるのではなく、気分を整えてから書く

手書き日記で思いのままに書くことについて、私が気をつけていることは、やはり自分の気分が良い状態で書くということです(先日の記事で言うところのワクワクベースです)。まずは自分の気分を整えてから書くことによって必然的に後ろ向きな考えや物事に対する否定的な態度というのは出てくる余地がなくなるからです。

そして、ワクワクベースで書かれた日記は見返した時にも新たな解釈を与えてくれるものが多く、逆に気分が落ちている時に見返したりすると自分の喜びの源泉につながりやすく、マインドセットもしやすくなります。

日記に関してのおすすめ本「ずっとやりたかったことを、やりなさい」by ジュリア・キャメロン

創造性を育むという観点から書かれた日記に関するおすすめ本は、モーニングページ(朝の日記)の提唱者であるジュリア・キャメロンの「ずっとやりたかったことを、やりなさい」です。

朝の時間帯に、ただ心に思い浮かぶことをひたすらに書き続け、それと並行して自分の幼少時代や当時好きだったことを振り返る作業をしたりして本来の自分がもっていた喜びを再発見していく、といった内容です。実践的な内容で、ワークを行っていくことで自分の深いところに触れることができます。

日本でも去年、新版が出たりとまだまだロングセラーですが、私がロンドンに住んでいたときは、カフェで10人ぐらいのグループが各自この本をもっていろいろワークショップみたいなことをしているのを見ました。

この本のなかでは、自分の気持ちを文字にして書くことが私たち大人たちの創造性を取り戻すためにいかに大事なのかということを事例を含めてわかりやすく説明してくれています。基本的には内容にこだわらずネガティブなことも愚痴も全部含めて書いていくというものですので、やり始めてしばらくは愚痴や不満が多く出てきて膿を出す作業が続くかもしれません。でもそれもオッケイなのです。

私はあとで見返したときにワクワクしたいので、基本的にはプラスの内容だけを日記に書いていますが、まぁそのあたりは個人の好みですね。

大切なのは、自分の中から思いを吐き出すことです。潜在意識として埋もれていた感情を言語化することによって、その背後にある本来の自分自身の望みを認識してあげることです。

手始めに、まずは手帳の隅のほうにでも手書き三行日記を始めてみてはいかがでしょうか。

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